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山口地方裁判所 昭和27年(行)25号 判決

原告 田越礼

被告 山口労働者災害補償保険審査会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和二十七年七月二十一日附で為した原告(審査請求人)の請求を認容しない旨の決定を取消す」との判決を求め、その請求原因として次のように述べた。

訴外亡金命寿は原告の夫であつて、下関市園田町二百八十五番地森建設工業株式会社の常傭人夫として同会社に雇われていたが、昭和二十六年十一月二十四日同会社が号市同町三百七番地で為した街路側溝工事現場に於て型枠取付作業に従事中、その現場の状況が狭くて身動きがとれない上足場が悪かつた為型枠から足を踏み外してその上に転倒し、その際強く腹部を打ちつけた為内出血を起しこれに因り即日死亡した。それで原告は昭和二十六年十一月三十日下関労働基準監督署長に遺族補償を請求したが容れられなかつたので適法に山口労働基準局保険審査官の審査を経た上昭和二十七年六月五日被告に審査請求したところ被告は同年七月三十一日附で金命寿は業務上の災害に因つて死亡したものではないとの理由で原告の請求を認めない旨決定しその決定書は同年八月十日頃原告に送達された。しかし金命寿は平常いたつて健康であつて昭和二十六年九月一日以降前記会社の工事に従事中家庭の事情で数日間休業した外は一日として病気の為欠勤したことがない程であり同人の死亡は前記のような事情による業務上の災害に因るものであるから被告の為した右決定は違法でありこれを取消すべきである。

被告代表者は主文第一項同旨の判決を求め、次のように答弁した。

原告の主張する請求原因事実中亡金命寿が原告の夫であつたこと、同人は森建設工業株式会社に雇われていたが原告主張の日その主張の日その主張の場所で同会社の為す街路側溝工事現場で型枠取付作業に従事していたが同日死亡したこと、並に原告主張のような経過を経て被告が原告主張のような決定を為しその決定書がその主張の頃原告に送達されたことは認めるが、前記作業現場の状況が原告主張のようなものであつたこと及び金命寿の死亡が業務上の災害に因るものであるとの点は否認する。その他の事実は知らない。(証拠省略)

理由

亡金命寿が原告の夫であつたこと、同人は森建設工業株式会社の人夫として雇われ昭和二十六年十一月二十四日同会社が下関市園田町三百七番地で為した街路側溝工事現場に於て型枠取付作業に従事していたが同日死亡したこと並に原告が適法なる手続を経て被告に為した遺族補償審査請求に対し被告が昭和二十七年七月三十一日附で金命寿は業務上死亡したものではないとの理由で原告の請求を認めない旨の決定を為したことは当事者間に争ない。そこでまず証人山口甲太郎、大上義治、肥塚賢次の各証言に山口証人の証言により成立を認める乙第二号証、大上証人の証言により成立を認める乙第三号証、肥塚証人の証言により成立を認める甲第一号証、成立に争いない乙第四号証を綜合すると右同日金命寿は平日どおり出勤し、大上義治の手助けをしながら同人と共に前記の場所で前記の作業に従事していたが、午前十時頃から十五分位休憩して再び作業に取り掛つた後五分位して即ち午前十時二十分頃突然型枠の上に俯伏せに倒れて呻き出したこと、その際前額部に長さ約一糎の軽微な擦過傷を負つたこと、それでたまたま前記作業現場を見廻りに来ていた山口甲太郎が続いて右大上が倒れた金命寿のもとに寄つて声を掛けたが応答がなく症状が重大なので直ちに人夫を呼んで同人を附近にある前記会社事務所内に担ぎこんだこと。しかし金命寿は倒れてから二十五分位経つた午前十時四十五分頃遂に死亡したこと、及び前記の負傷が死因ではないことが認められる。原告は前記作業現場の状況は狭くて身動きがとれない上足場が悪かつた為に金命寿は型枠から足を踏み外しその上に転倒しその際強く腹部を打ちつけた為内出血を起して死亡したのであるから業務上の災害に因つて死亡したものであると主張するので案ずると、検証の結果及び右事故発生翌日の前記作業現場の写真であることに争いのない甲第五号証によれば右作業現場の状況は足場が多少悪かつたことは認められるが、だからといつて身動きがとれぬ程ではなく原告の全立証を以つてしても金命寿が型枠から足を踏み外した為に転倒したものとは認め難い。この点に関し大上証人は事故の時金が枠の上をすべつた跡はたしかについていましたと証言しているが前顕のその他の証拠を詳細に対比考察すると右のすべつた跡が果して金のものかどうかわからないから右の認定を動かし得ない。金命寿が倒れた際に腹部を強く打ちつけたことや、それが原因となつて内出血したことについては肥塚賢次の証言により成立を認める甲第三号証、乙第一号証同じく原本の存在とその成立を認め得る甲第四号証を措いてこれを認めるに足る証拠がないのであるが、右の証拠は同証人の証言及び甲第一号証に比照していずれも採用できず結局右事実を肯認するに足る証拠がない。しかして金命寿が平素健康体に見え勤勉に労働に従事していたことは証拠上明かであるから前記のような死亡情況と肥塚証人の証言によれば同人の死亡は何等から疾病(例えば心臟麻痺、或いは脳溢血等)の突発か又は本人の知らない間に罹つていた何等かの疾病(例えば胃潰瘍)の突発的悪化かいずれかに因るものとみる外ないのであるが、それが前記作業に因つて誘発されたと認めるに足る証拠がないのであるがそれが前記作業に因つて誘発されたと認めるに足る証拠がないのであるから同人の死亡は業務と因果関係があると言うことが出来ず原告の主張は採用できない。

従つて原告の審査請求を容認しないものとした被告の本件審査決定は正当であつて原告の本訴請求は理由がないから棄却すべきであり、訴訟費用については民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 河辺義一 榧橋茂夫 宮崎富哉)

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